kimunori10’s diary

マラソン、スポーツ、トレーニングを中心とした雑記ブログ

自分の短所を受け入れて、これからの自分の人格を形成するには

自己分析ならぬ、自分の短所を箇条書きにしてみました。
 
・人見知りである
・ビビり症である
・上がりやすい
・緊張しやすい
・知らない場所にいくと眠れない、また疲れる
・慣れるのに時間がかかる
・感情表現がうまくない
すると、自分という人間は、コンプレックスの塊だという思い込みがあります。とめどなく溢れるくらいに浮かび上がります。
簡単に言うと、「小心者」であるといえます。
 
また、すぐに他人と比べてしまいます
他人と比べた後に、自分が他の人よりも劣っていると思うと自信をなくします
でも、だいたいそのことは私の身近にいる人間でしか思いません。
例えば、1度も出会ったことのない人(有名人やスポーツ選手)には、あまりその感情は生まれません。また、「あの人になりたい」、「あの人にあこがれるからあの人の真似をしてみたい」、「あの人と近づきたい」「あの人のことをもっと知りたい」とはあまり思いません。
 
以前は、多少そのような気持ちはありましたが、今はそんな感情が生まれなくなってきました。
 
なぜなのでしょうか。
歳を経ると、理想と現実のギャップの大きさに気づくからなのか。
はたまた、いろいろな経験をしていくと「そんなのなれない」と分かってくるから近づこうとしないのか。
 
確かに、「あの人すげー」とか「あの人に会ってみたい」とか「あんな人になってみたい」とか思わないこともないのです。しかし、到底なれるわけがない、という考えが頭の中をすぐに支配します。
ということは、やはり「歳を重ねたから」だということになってしまいます。
 
幼少のときは、可能性が大きく広がっているためか、夢のスケールが大きいです。
「お金持ちになって、高級な車に乗って、3階たての広い庭とプール付きの家に住んで、
お手伝いさんがいて、家まで車で迎えに来てくれて・・・」というように、無数に頭の中に夢が広がっていきます。
 
しかし、いつからか、「現実」というものを知るようになります。
そのようなことは、はっきりと覚えていませんが、おそらく「小学校の頃」に現実を見るようになると思うのです。
現実が見えてくると、残酷なことに上記のような頭の中の無数の夢が一つ一つと消え去っていきます。
「これは、私には無理だな」から始まり、「これを成し遂げられるのが想像つかない」「私の家ではもうそもそも不可能に近い」「こんなあことを周りの人たちにいったら馬鹿にされる」等、たくさんあったはずの希望や夢が儚く散っていきます。
 
考えてみると、子供の頃は、周りに比較対象となる人物が多数存在します。
特に、友達はどんな感じの生活をしているのか、という話をしたり、実際に家に遊びに行ったりすると、だいたいどんな暮らしをしているのかがわかってしまいます。
公立の学校であろうと、私立の学校であろうと、必ず何かしらの「格差」が存在してきてしまいます。
私は、小・中・高校と「公立」のため、その仲間内というか集団内では、そこまでの「格差」はなかったです。
それでも、一芸に秀でた優秀な生徒や、お金持ちの人、勉強がものすごくできる人、ある能力に特化していた人等、様々な人を見てきました。
 
もちろんその頃は、「あの人すごいからあんな感じになりたいな」とか、「どうやったらあんな感じになれるんだろう」とか、「あんな所で育ちたかったな」とか、様々な感情が渦巻いていました。
 
ということは、私は幼少期の頃から、コンプレックスを抱えながら生活をしていたのか。育ってきた環境がそうさせたのか。
私は、私の性格が嫌で嫌で仕方ないわけはありませんが、何度も直したい、と思ったことがあります。上記の一例はほんの一握りであり、まだもう少しは出てくると思います。
 
多少の血のつながりはあるのかな、と思うときはありますが、自分で変えられる面は少なからずあると思っています。
 
例えば、「緊張しやすい」という一面は、人前でプレゼンをする仕事を数多く経験していけば、改善される可能性は高まります。オフの日は、できる限り街コンや合コン、飲み会や食事会に行って交流を毎週のように図れば、知らないうちにいろいろな人と話をするようになり、友達が増えて人と接することに、自信を持てるようになる可能性が高まります。
 
人見知りである」「上がりやすい」「緊張しやすい」というコンプレックスは、解消されてむしろ自分の新たな長所が見つかるかもしれません。
 
答えは、簡単だ。だから、お前は遊べ。と友達なら言うでしょう。何回かそのような助言をもらいます。しかし、長くは続きません。オフの日なのに、相当エネルギーを費やして疲れるからです。疲れてくると、相手になぜかそれが見破られてしまい、嫌々来てる?とか、楽しくない?とか、どうしたの?とかをよく聞かれていきます。
 
一方で、「ビビり症である」、「慣れるのに時間がかかる」、「知らない場所にいくと眠れない、また疲れる」はなかなか解消される気配がありません。
どうしても直さないといけないことでもないのですが、今後生きていくうえでいろいろなことを経験していきたいので、克服出来たらいいなと思っています。
 
では、長所は何なのかというと、
・真面目
・誠実
・好きなことはとことん突き詰めてやる
・コツコツと取り組むことが得意
・人の気遣いができる
こうしてみてみると、なんだかパンチに欠けるというか、漠然としている気がします。
 
短所も長所もまだあるはずなんですが、自分で考えているだけではなかなか出てこないです。性格分析とかもするのですが、だいたい一緒で似ています。
ということは、もうこんなものなのかとも思いますが。
 
先ほど、幼少期の頃のことを多少書きましたが、もうこれからの自分の人格を形成するのは、自分の行動であることは周知の事実だと思います。
 
思えば、まだ35年間しか人生を歩んできていません。今は、まだ自分のコンプレックスというか、短所が嫌だと思っていますが、それが好きになれるようにうまく付き合ってそれが自然と消えるような前向きな人生を歩んでいこうと思っています。
 
だから、あと半分以上も時間はあることになります。性格の短所も長所も「自分」なので、今は、それを受け入れて日々を過ごしていきます。
 
本日も最後までお読みいただきましてどうもありがとうございました。